梓の非日常/第三章・ピクニックへの誘い(三)執務室にて
2021.02.15
梓の非日常/第三章 ピクニックへの誘い
(三)執務室にて
真条寺家、執務室。
壁際の机に座り報告書に目を通している麗香。窓際にはさらに一回り大きな机があり、その上には大きなパンダのぬいぐるみが、無造作にでんと置かれてある。執務室には似つかわしくない情景ではあるが、そのことを笑う者がいれば、たとえ企業の社長だろうとグループの大幹部であろうと、そばにいる麗香から容赦なく更迭を言い渡されるであろう。
なぜならその机は、真条寺グループの現ナンバー2である梓のものだからである。
それは五歳の誕生日に絵利香から贈られたパンダであり、梓が非常に大切にしているものである。麗香以外の者が梓に断りなしに触ったりすると、いきなり不機嫌になるから要注意である。
その机は、梓の執務机であると同時に勉強机でもある。机の上のブックスタンドには、広辞苑・国語辞典だの、外国人向け英語解説版英和・和英辞典だの、漢字の読み書きなど日本語のあまり得意でない梓の必携勉強グッズが置かれてある。麗香に判らないことを教えてもらうため、この執務室を勉強部屋にしているのだ。勉強に疲れ気分がいらいらしてきた時、逆に非常に嬉しいことがあって気分が高揚している時、パンダを抱いていれば自然に心が落ち着いてくるという。要するに梓がパンダを抱いている時は、情緒が不安定な状態にあるので、込み入った用件を切り出す際には、その表情をよく見極めてからにしなければならない。これは五歳の時からずっと続いている習慣なので、そんな女の子のデリカシーを理解できない者は、真条寺グループの大幹部にはなれないだろう。その点十年以上もの間世話役をしてきた麗香には、梓の微妙な表情の変化も見逃さず、その心変わりを完全に理解できる眼力が備わっている。
机の上の電話が鳴りだす。
「お嬢さまからね……」
その電話には、ブロンクス本宅執務室とのホットラインと、梓の持つ携帯電話からのコールを除けば、外線からは直接掛けられないようになっている。
一般の人が屋敷に電話を掛ける場合、一旦屋敷内にある電話交換センターに繋がることになっている。屋敷内には五十台以上の電話があるためだ。
液晶画面にも間違いなく梓の名前が表示されている。その電話を取る麗香。
「麗香です」
「麗香さん、お願いがあるんだけど、いいかな」
「どうかなさいましたか、お嬢さま」
電話口の向こうから、依頼内容を告げる梓の可愛い声が届く。
「蓼科の研修保養センターですね。お嬢さま方を含めて三十一名の予約。利用代金の支払いはいかが致しましょう」
「全部、あたしにつけといてくれるかな」
「かしこまりました。確認を取りますので、しばらくお待ち願えますか? 折り返し連絡致します」
「うん。待ってる。じゃあね」
梓が電話を切るのを待ってから、電話を切る麗香。引き続いて研修保養センターに連絡を取る。
「支配人をお願いします。わたしは、真条寺梓さまの世話役の竜崎麗香です」
「真条寺……お嬢さまの?」
「そうです。至急です」
「少々お待ち下さいませ」
しばらく間があって、女性の声が却ってきた。
「お待たせ致しました。副支配人の神岡幸子です。梓お嬢さまに関しましては、私が担当させて頂きます。ご用件をどうぞ、麗香さま」
「VIPルームは連休中は明いていますか」
「はい、明いております。お嬢さまがお使いになられるのですね」
「そうです。お嬢さまと絵利香さまがお泊まりになります。準備しておいてください」
「かしこまりました。絵利香さまというと篠崎重工のご令嬢さまですね。他にはありますか?」
「続きの部屋を二十九人分確保してください。お嬢さまのクラスメートで、親睦旅行をされるとのことです。お嬢さまがそれぞれのお部屋を行き来なされると思いますので、他のお客さまに会わないように、できればワンフロア貸し切りにしてください。できますか?」
「確認して、十五分以内に折り返し連絡いたします。お屋敷の執務室でよろしいですね」
「はい。よろしくお願いします」
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梓の非日常/第三章・ピクニックへの誘い(二)ピクニック
2021.02.14
梓の非日常/第三章 ピクニックへの誘い
(二)ピクニック
城東初雁高校。
1-A組教室内、ホームルームの時間。鶴田委員長が壇上の教卓で弁を奮っている。
黒板には、蓼科高原ピクニック・一泊二日という文字が書かれており、下条教諭は教室の隅で成り行きを見守っている。
「というわけで、クラスの親睦をはかるために、連休を利用して一泊二日のピクニックを計画したのだが、どうだろうみんな」
「賛成!」
「いいぞ、委員長」
「それで、会費はいくらなの? それ次第だと思うけど」
「聞いて驚け、一人当たり七千円と格安になっておるぞ」
「まさか、旅行会社のパック旅行に便乗するんじゃないでしょね。そんなのはいやよ」
「安心しろ、ちゃんと貸し切りのバスで行く。俺達だけだ」
「ならいいわ」
「泊まるところは?」
「さる会社の、研修保養センターが連休中明いているので利用させてもらう」
「研修……まさか、合宿所に全員押し込むってのはだめだぞ」
「ちゃんとしたホテル並みらしいぞ。二人一部屋ずつだ」
「らしい……ってどういうこと? 鶴田君が決めたんじゃないの?」
「いやあ、そうじゃないんだ。実はみんなに打診する前に、どれだけ参加者が集まるかアポイントとって確認してたんだけど、その中の人に観光バス会社やホテル業界に親戚がいるということで、格安で使わせてくれることになったんだ」
「誰なの、その人?」
「すまん。内緒にしてくれと言われてるから」
数日前の事である。
梓と絵利香を前に、相談を持ち掛けている鶴田。
「え? ピクニックですか」
絵利香が聞き直した。
「クラスの親睦を計りたいと思いまして、梓さんと絵利香さんにはぜひとも参加していただきたいと、一番に相談にきました。お二人に参加していただければ、他のクラスメートも参加するだろうと思いまして」
「いいよ。参加しても」
「ほんとに?」
「ああ。でも慎二も当然誘うんだよね」
ぽそりと梓が確認する。
「え? 沢渡君は除外しようかなって、みんな恐がるから……」
「なら、行かないよ」
「しかし……」
「親睦を計りたいんだろ? 一人だけのけ者にしたら意味ないよ」
「わかりました。沢渡君も誘います」
「ん。じゃあ、行く」
「あ、そうだ! わたしの親戚に旅行会社やってる人がいるから、格安でバスを借りれるようにしてあげようか」
絵利香が梓に目配せしている。
「本当ですか、絵利香さん」
「うん。運転手の日当と燃料代くらいで借りられると思うよ」
「それが本当なら、助かります」
「絵利香ちゃんがバスなら、あたしは宿を提供してあげようかな?」
「え?」
「蓼科高原に研修保養センターというのがあるんだけど、今の時期なら借りられるかも知れない」
「大丈夫ですか? 引率の下条先生も含めて総勢三十一名になるんですよ」
「三十一名か……ちょっと待ってね。携帯で確認とるから」
そう言って廊下に出る梓。
「あ、わたしも確認取るわ。公平くん、ここで待っててね」
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梓の非日常/第三章・ピクニックへの誘い(一)フランス留学?
2021.02.13
梓の非日常/第三章 ピクニックへの誘い
(一)フランス留学?
英語の授業で担任の下条教諭が出席を取っている。
「よし、全員出席と……」
「先生よお。梓ちゃんと絵利香ちゃんがいないじゃんか」
「あれ、君達にまだ話してなかったっけ。あの二人は、英語の授業は免除されてるんだ」
「免除ってどういうことですか?」
「実は二人は、生まれも育ちもニューヨークの帰国子女でな。完璧な英語を流暢に話せるんだ。特に真条寺君は、母親ともどもアメリカ国籍で、帰国というより留学で日本に来ているというのが正しい。逆に我々英語教師の方が彼女達に教えを請うくらいで、英語の授業を受ける意味がない」
二人の意外な真相を知って、教室がざわめきだした。
「二人が、ちゃきちゃきのニューヨーカーだったなんて……」
「どうりで、雰囲気違ったわけだよな」
「そういえば、昨日英語がびっしり書かれた本を読んでたよ。表紙の絵は風と共に去りぬだったけど」
一同が、主のいない二人の席を注視し、ため息をもらす。
「まあ、そんなわけだ」
「へえ。そうだったんすか。んじゃ、俺、英語の授業はさぼろうかな。梓ちゃんいないとつまんないもんね」
「こらこら、教師の前で堂々と言う奴があるか。第一そんなことしてみろ、彼女達との距離がよけい遠退くんじゃないのか。少しでも近づきたいなら英語が話せなきゃ、な!」
「うう。それ言われるとつらい」
「ちなみに英語と日本語どっちが難しいか尋ねたら、日本語の方が難しいと答えた。真条寺くんなんか、男性言葉と女性言葉の区別がわからなくて、時々男言葉になっちゃうとぼやいていた」
「あ、それ違うよ。梓ちゃんの場合は、元々男っぽいんだ。地の言葉っすよ。あれは」
あはは。と、教室中の生徒達が納得して笑っている。
「そうなのか? ま、とにかくだ。彼女達は、英語のかわりに校長室でフランス語を習っているよ。校長の都合もあるから、毎回というわけじゃないけどな」
「フランス語ですか?」
「ああ、しかもだ。フランス語だって日常会話程度ならちゃんと話せるんだぞ。高校卒業後は、二人ともフランスの大学に進学するそうだ。日本留学の次ぎはフランス留学か、国際人だなあ」
「フ、フランス留学?」
下条教諭の英語の授業が終わり、梓と絵利香が教室に戻ってきた。
愛子ら女子生徒達が、早速話し掛けて来る。
「ねえねえ。二人ともニューヨーク帰りなんだって?」
「あら、先生から聞いたのね」
「どうして話してくれなかったの?」
「別に隠してるわけじゃなかったんだけど。ね、絵利香ちゃん」
「そうね。話す必要がないと思ってたから」
「一応梓ちゃんは、アメリカ人ということになるのね。当然永住権もあるわけだ」
「ついでに、お母さんもアメリカ国籍だよ。お父さんは日本だけど」
「頼む。フランスに行かないでくれ」
突然慎二が割り込んできた。
「何、言ってんだ。おまえ」
「日本の大学ならまだ何とかなるかもしれないけど、フランスになんか行かれたら……お、俺は」
いきなり梓に抱きつく慎二。
「捨てないでくれえ」
「どさくさに紛れて抱きつくなあ!」
床に転がっている慎二を足蹴にしながら、
「悪いけど、これは真条寺家のしきたりなんだよ。英語圏に六年、その他の語圏に三年以上留学することが、家訓に定められているんだ」
「絵利香さんはどうなの。真条寺家とは何の関係もないんでしょ」
「そうなんだけど、三歳の時からずっと一緒だったから、ついて行くことにしたの」
「腐れ縁というやつね」
「そうじゃないでしょ。梓ちゃん」
「ははは……」
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2021.02.15 15:20
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