梓の非日常 第二部 第八章・小笠原諸島事件
(五)遊覧  翌朝となった。  船旅の緊張で眠れなかった者が多かった。  しきりに欠伸をしながら、ラウンジに集まってくる。  窓からは朝の陽ざしが射しこんでくる。  水平線の彼方から太陽が昇ってくるのは感動ものだろう。  手を合わせて祈っている者もいる。  おそらく航行の無事を祈っているというところだろうか。  太陽信仰の一端か。  日本は「日の出づる国」とも呼ばれ、日付変更線に一番近い国……つまり、「世 界で一番早く太陽が昇る国」という意味。 『魏志東夷伝』を読むと、1050年ごろ(縄文時代後期)には、「東の果てに、中国 人とは顔つきの異なる者の住む『日の出づる島』がある」という伝説が、中国にす でに伝わっていたことがわかる。  中国人にとって日本列島は、太陽信仰の聖地であり、稲作農耕民であった中国の 人々は、太陽の昇る東の果てにある国を目指して、日本にたどり着いた。これが弥 生人のルーツとも言われている。 「今日一日は、小笠原に至る島々を巡ります」  鶴田が、絵利香とガイドから聞いた内容を簡単に説明した。 「あれはなんだ!」  誰かが叫んで指さしている。  皆が一斉に注目し、スマホのカメラを向けている。  孀婦岩(そうふがん)と呼ばれるもので、海のど真ん中に、ポツンと海上に100m ほど突き出た岩である。  実体は、カルデラ式海底火山の外輪山の一部であり、海底から 2100m の高さが ある。  孀婦岩の南西2.6 km、水深240 mには火口がある。 「何か神がかりの雰囲気があるね」  一同納得の感想であった。  船旅二日目となると、海を眺めるのにも飽きてくる。見渡す限りの水平線なのだ から当然だろう。  プールばかりでは、身体はふやけるし日焼けもする。  スマホは使えないし、というわけで船内の設備を利用することとなる。  図書室で静かに本を読む者。  卓球などができるプレイルーム。  囲碁・将棋・麻雀などができるカードルーム。  クレーンゲームなどができるミニゲームセンター。  貸し切りフロアから出て、他のフロアを回れれば、カジノ・ナイトクラブ・バー ラウンジ・映画館・本格的スポーツジムなど盛り沢山の施設がある。  乗客5200人が使える全フロアに対して、梓達生徒40人だけが使える貸し切 りフロアでは、施設も限定されているのは致し方がない。 「なあ、これって貸し切りというよりも、隔離されているっていう方が正解じゃな いのか?」  慎二が気付いたようだ。 「そうかもね。でも破格の料金で豪華客船の船旅が味わえるんだから、我慢しなく ちゃ」 『まもなく、西ノ島が見えて参ります』  船内アナウンスがあった。 「西ノ島って、つい最近噴火したあの島か?」 「そうよ。見にいきましょう」 「まだ、噴火しているのかな」  などと、口々に話しながらデッキに上がった。  ガイドが案内する。 『西之島は、東京の南約1000km、父島の西約130kmにある小さな島で、伊豆・小笠 原諸島の一つです。太平洋プレートの沈み込みによって生じたマグマが地表に噴出 してできました、フィリピン海プレート上の火山島です。  2013年に大きな噴火が起こり、溶岩流が堆積して島の面積を拡大させ、噴火前の 約10倍の大きさになっています。  現在の標高は160m。一見すると小さな火山島ですが、海水面下には3000mもの高 さの巨大な山体が隠れています。  西之島に井戸水はない上に農耕にも適さないため、遭難船の漂着者を除いて人が 居住していた記録はありません』 「中国が領有を宣言しているんだっけ?」 「それは中国のネトウヨが言っているだけよ」 「どうせなら、沖ノ鳥島の方も噴火して陸地形成すれば、中国も黙るんだろうけどな」 「島じゃない、ただの岩だからEEZは設定できないって奴ね」 「そうして、大っぴらに調査しまくってるのよ」  一つの島を巡って、地理社会の勉強の復習をしている生徒達だった。 『それでは、父島に向かいます!』  西ノ島を横目に見ながら、船は左にゆっくり転回しながら、最初の訪問地の父島 へと向かう。
     
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