続 梓の非日常・第五章・別荘にて
(三)お邪魔虫再び  梓達が別荘に戻り、食堂に入ると慎二が先に食事を取っていた。 「遅かったじゃないか。先に食ってるぜ」 「おいこら。どうして貴様がここにいる。貴様がこっちに来るのは三日後。クラスメート と一緒のはずだろ」 「いいじゃんかよ。家からずっと自転車こいでやってきたんだから」 「じ、自転車だと?」 「ああ、さすがに疲れたよ」 「自慢のバイクはどうした?」 「ガス欠だ! 最近やたらガソリンが高いだろう。あのバイクはやたらガスを馬鹿食いす るのでね。バイト代が追いつかなくて、乗るに乗れねえ状態だ」 「あんな図体のデカイのに乗ってるからだ。ガソリンを撒き散らしているようなもんじゃ ないか。50ccのバイクにしたらどうだ?」 「ふん! 武士は食わねど高楊枝だ。原チャリになんか乗れるもんか」 「それで、自転車かよ」 「足腰の鍛錬にはいいぜ」 「呆れた奴だ」 「それにしても、朝からフランス料理とは、さすがブルジョワ。さしずめ絵利香ちゃんと ころなら、会席料理でも出るのかな」  絵利香の家は、戦国時代から綿々と続く旧豪族の家系であり、その広大な屋敷は国指定 重要文化財にも指定されようかというほどの寝殿造りである。  自分の名前が出たので答える絵利香。 「そうでもないわ。ごく普通だと思うわ。刺身・煮物・焼き魚、そして味噌汁ってところ かな。基本的に一汁三菜よ」 「へえ、そうなんだ……。やけに庶民的だな。で、俺は基本的にカップラーメンだ。雲泥 の差だな」 「カップラーメン? まさか毎日食べているんじゃないだろな」 「悪いか! 毎日だよ」 「病気になるわよ。塩分取りすぎで糖尿病とかね。最近は太っていなくても糖尿病という 人が増えているらしいから」 「大丈夫だ、こいつが病気になるはずがないさ。逆に塩分足りないくらいだ。血の気が多 いからな」  さほどの心配もしていない様子の梓だった。  会話の間も、ナイフとフォークを休みなく動かして、食事を口に運んでいる慎二。洋式 の食事作法に慣れていないようで、その動きはぎこちない。 「それにしても、これだけじゃ。足りないな」  目の前の料理を平らげて不満そうであった。  彼にとっては、質より量ということである。  フランス料理など腹の足しにもならないという感じであった。 「あたし達の後で、遅番のメイド達が食事するから、握り飯でも作ってもらえ」 「はん。ならいいや。それまで何するかな」 「おい、皿にソースが残ってるじゃないか」 「ソース?」 「フランス料理はソースが命なんだよ。シェフはソース作りからはじめる。ソースも残さ ず頂くのが、シェフへの心使いというものだ」 「ソースね……」  というと、皿を持ち上げてぺろりと舌で舐めてきれいにした。 「あ、こら。なんて事をする。礼儀知らずだな。ソースは、こういう具合にパンに滲みこ ませて頂くんだよ」  慎二に手本を見せてやる梓。 「判ったよ。こんどからそうすることにするよ」 「なんだよ。まだ、食事をたかるきかよ」 「悪いか。一人ぐらい増えたって、少しも家計に響かないだろ」 「響くね。おまえがいると食料貯蔵庫が空になる」 「よく言うよ」  二人とも仲たがいしているような口の聞き方をしているが、反面的に相手の反応を見て 楽しんでいると言った方が良いだろう。喧嘩するほど仲がいいというところ。  食事を終えて立ち上がる梓。 「さてと……。いつまでもおまえに関わってもいられない」 「おい。どこ行くんだ」 「午前中は、書斎で勉強だよ」 「勉強? わざわざ軽井沢に来て勉強かよ」 「可愛いだけの馬鹿女にはなりたくないのでね」 「俺は勉強は嫌いだ。付き合ってられねえ。せっかく避暑地に来たってのによ」 「白井さんが、渓流釣りに出かけるから、釣り道具を借りて一緒にいけば?」 「渓流釣りか……それもいいかもね」
     
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