続 梓の非日常/序章

(一)命をつむぐ  真条寺家執務室。  天井から懸架されたパネルスクリーンに渚の姿が映し出されていた。 『お嬢さまは、今日も沢渡さまのお見舞いに、病院を訪れていらっしゃいます』 『そう……。仕方ありませんね』  本宅との定時連絡の時間だった。  日本とブロンクスとに分かれて暮らす、梓と渚との母娘の交流をはかるために設け られた時間であった。  しかし今は、麗香が梓の近況を報告する機会に変わっていた。 『それで慎二君の容体はどうなの?』 『一進一退でございます。危篤状態から未だ脱却できておりません。実際生きている のが不思議なくらいで、日頃の鍛錬の賜物というか、その強靭な精神力が辛くも命を 支えているものと思えます』 『それがいつまで持つかが問題ね』 『はい、その通りでございます。熱傷治療では有名な札幌医大の医療チームにもお越 しいただいております』 『ああ、昔サハリンの五歳の男の子を治療したという……』 『こちらでできる限りのことは致しておりますが、何せ熱傷部位が七割にも達してお り、かつ三度の重症もかなりに及んでおりまして、皮膚移植だけでは間に合いません』 『動かすことさえできれば、設備もスタッフも揃ったこっちの救命救急医療センター に、搬送するんだけど。危篤状態を脱して移送が可能になったら、すぐにでもこちら に運びましょう』  国際救急救命医療センター。  それはニューヨークにある広大な真条寺家ブロンクス本宅の敷地内、私設国際空港 に隣接されて設立された病院である。悲惨な結果をもたらす航空機事故などに対応で きるような、最新の設備とスタッフが揃っており、私設空港隣接という立地条件を活 かして、ビザなし渡航による国際救急救命治療を可能にしていた。  そして「空飛ぶ病院」と異名される専用の救急医療用ジャンボジェット機を待機さ せている。大地震などの世界中で起こった災害に即対応できる体制が整えられている のであった。 『ともかくも梓の命を救った恩人です。真条寺家の全力を挙げて治療に専念しましょ う。世界中から医療スタッフを集めましょう』 『よろしくお願いします』 『日本事業本部の業務はすべてこちらで手配します。あなたには、梓のそばにいて、 精神面のフォローをお願いします』 『はい。かしこまりました』  連絡通話が終わった。  麗香は、ため息をついてから端末を操作した。  パネルスクリーンはするすると上がって、天井内に収まった。 「さてと、お嬢さまのところへ戻りましょうか」  しかし……。  麗香はいぶかしげだった。  梓が、自分に内緒で研究所に通っていたということである。 「わたしに話せない秘め事があるということか……」  誰しも隠し事の一つや二つはあるものだ。麗香だって梓に内緒にしていることはあ る。だからあえては問いただすようなことはしたくないが、ただ場所が生命研究所の 地下施設ということが気がかりだった。  生命科学研究所は梓が日本に来て事故にあい、最初に入院したところだ。  仮死状態から蘇生させるために、一時期地下施設に運ばれたことがあったが、研究 者以外立ち入り禁止で、母親の渚ですらその蘇生には立ち会いを許されなかった。極 秘裏の何かが行われて蘇生が成功して戻ってきた。  もしかしたら……そのことと関係があるのだろうか。  確かにお嬢さまは、仮死状態から復活した。  その後のお嬢さまは、少し男の子っぽい性格になっていたが、仮死状態で脳障害を 多少なりとも受けているはずだから、それも仕方のないことだと医者から説明を受け た。  研究項目にクローン開発部門もあるはずだが、実は戻ってきた梓お嬢さまがクロー ンだったなんてことはあり得ない。記憶は間違いなく梓お嬢さまのものだし、困った 時につい髪を掻き揚げる独特の癖や、お嬢さま育ちの自然な仕草まで、完璧にクロー ンすることは不可能なはずだ。ましてやほんの数日でクローンを作成できるはずもな い。  間違いなく本物の梓お嬢さまであって、クローンではないと確証できる。 「だとしたら何の用があったのかしら……」  詮索するつもりはないとはいえ、やはり気になるものだ。

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