梓の非日常/終章・生命科学研究所

(二)診察  そこへ麗香が迎えにきた。 「お嬢さま、こちらにいらしたのですか。診察がはじまりますよ」 「早かったのね。手続きを待っている患者さんはたくさんいるんでしょ?」 「既に予約は入っておりましたし、お嬢さまのことですから……最優先で処理された のでしょう」  麗香に代わって受付係りが答えてくれた。 「例によってVIP待遇というわけね」 「その通りでございます」  いつものことながら、どこへ行ってもVIP待遇なのよね。たまには庶民の暮らし を体験してみたいもの。本来なら十八年間長岡家で暮らしていたのだろうが、記憶が ない以上体験とは言えない。 「それじゃあ行きましょうか。まずは問診からですよ」  麗香に案内されて、問診室かと思ったが、別の診察室に入った。  そこには女医さんが控えていた。 「ありゃあ! やっぱり女医さんか……」  旅行の時の副支配人もそうだが、何かにつけても梓を応対するのはいつも女性だっ た。 「男性医師に診られるのは恥ずかしいでしょうから……」 「ま、どうでもいいけどね……」 「担当医の不破由香里でございます。よろしくお願いします。それではお嬢さま、ま ずは問診からはじめますね」 「うん……」 「事故の後、頭が痛いと感じたことはありますか?」 「ないわね」 「身体がだるいと感じたことは?」 「うーん……。ない」  という具合に、問診表にそって質問と解答が繰り返される。  およそ二十問の問答があってから、 「以上で問診は終わりです。続いて触診しますので、上着を脱いでいただけますか?」 「う、うん」  女医の指示通りに上着を脱いでブラジャー姿となったところで、 「ブラジャーはそのままで結構ですよ。それでは……」  健康診断で良く見られる打診や聴診器による診断がはじまった。さらに肝心ともい うべき首筋あたりの触診に入った。 「痛かった言ってくださいね」  押したり叩いたり、頭をぐりぐり回して首筋の動きとかに異常がないかを確認して いる。 「それにしてもこんな大きな事故を続けて二度も経験されるとは、お嬢さまもよほど ついていないですね」 「二度め?」  そうか……。飛行機墜落事故は、慎二のせいだと思っていたが、もしかしたら誰か によって巧妙に仕組まれていたのかも知れない。自動制御装置にコースを逸脱するよ うなプログラムをインストールされていたとしたら? 慎二はたまたま居合わせただ けかも知れない。いくら重量(ペイロード)問題があったとしても、たかだか八十キ ロ前後の重量オーバーくらいで、あれだけの巨体のDCー10ジェット機が燃料切れ をおこすはずがない。  やはりUSA太平洋艦隊司令長官のドレーメル大将の言う通りにスパイが紛れ込ん でいる可能性がある。  問診が終わって、診断装置の準備が整うまで特別の応接室に通される梓と麗香。  二人きりになったのを機に尋ねてみる。 「ところで麗香さん、例の件の調査は?」 「申し訳ありません。スパイがいるとして証拠隠滅されないように、極秘理に調査を 進めていますので、まだ時間がかかりそうです」 「そう……。なんにしても、あたしの身の回りに命を狙う組織がいるとぞっとするわ ね」 「ボディーガードを、おそばにお付けしましょうか?」 「いらないわよ。葵さんみたいにぞろぞろ黒服を連れているのを見ていて、あまり印 象が良くないのを知っているから」  梓の言う葵とは、真条寺家の本家である神条寺家当主の跡取り娘である。社交界な どで会った時などには、何かと本家ということを鼻にかける、梓にとってはいけすか ない同い歳。  まあ、そのうちにまた会うことになるだろう。
 
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