梓の非日常/第八章・太平洋孤島遭難事件
(三)不時着  広大な太平洋に浮かぶ孤島、周囲を珊瑚礁がぐるりと囲んでいる。  その島を大きくゆっくりと旋回しながら高度を下げている飛行機のコクピット内。 「いいか、まずは珊瑚礁から離れた海表面に胴体着陸を試みる。極力水平かできれば 後部を下げるような状態で着水するんだ。そのため、フラップ角度とスロットル加減 を、コンマ秒単位で微妙に調整しなきゃならん。さらに勢いで珊瑚礁を乗り越えて礁 湖内に進入、そして島に乗り上げるようにして停止する」 「うまくいきますかね」 「そんな弱気でどうする。絶対に成功させる気概を持て。俺達が確認を怠ったせいで こうなったんだからな」 「そ、そうですね。お嬢さまがたをなんとしても助けなければいけませんよね。たと え着陸に失敗して機首が潰れても客室だけは無事に島に着陸させましょう」 「その意気だよ。幸いというべきか、燃料はほとんど皆無で爆発炎上はしないだろう から、着陸さえできればOKだ……」 「準備完了です」 「よし、ゴーだ」  客室。 「機首を下げた。いよいよ着陸するわ」  梓が声を上げると同時に機内放送が入る。 「これより着陸体制に入ります。お嬢さまがた、準備はよろしいですか? 着陸三分 前です」  放送を聞いて頭を抱えてうずくまる一同。 「ああ……神様、もし死んだりして生まれ変わるなら、再びお嬢さまのお側にお願い します」  美智子が祈りを上げている。 「あ、わたしもです」 「わたしも」 「右に同じです」  絵利香達や乗務員達が防御体制を取るなか、梓だけが一人ぼんやりと窓の外を眺め て思慮していた。  ……ここで死んだら、どうなるのかな? あたしの魂そしてもう一人の存在にして も…… 「一分前です」  窓の外に海面が見えてきた。機体が海面すれすれに飛行をはじめたのであろう。や がて大きく旋回をはじめ、傾いた主翼が巻き上げる海水の飛沫が窓を濡らす。 「三十秒前」  機体と海表面とが巻き起こす乱気流に、激しい震動がはじまっている。 「十秒前。まもなく着水します」  緊張の度合が限界まで高まる。心臓は張り裂けんばかりに鳴動している。 「着水!」  耐え難い震動が機内を揺るがす。歯を食いしばってそれに耐えている一同。喋ろう ものなら舌を噛んでしまうであろう。  島の砂浜に乗り上げて停止している飛行機。  飛行機が進んできた後には、珊瑚礁が深くえぐれている。  客室。  不時着のショックで気絶している一同。梓も例外なく前部シートの背もたれに突っ 伏している。 「お嬢さま、お嬢さま。大丈夫ですか?」  その声に次第に意識を回復していく梓。 「う、うーん……」 「お嬢さま」 「あ、ああ……麗香さん」  はっきりと目を覚まして、麗香に答える梓。 「お怪我はありませんか? 痛いところは?」 「どうかな……」  立ち上がり通路に出て、屈伸運動などしながら身体に異常がないか確認している。 「どうですか?」 「うん。大丈夫みたい」 「良かったですね。でも、この島を脱出して内地に戻られましたら、念のために精密 検査を受けましょう。交通事故などでも数ヶ月経ってから、鞭打ち症状が出ることも 良くありますから」 「わかった……ところで、絵利香ちゃんは?」 「はい。先に気がつかれて、お嬢さまを起こそうとしておられましたが、後を私に託 されて、機長を見にコクピットの方へ行かれました」 「そっか。やっぱり気になるんだろうね」
     
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