梓の非日常/第六章・ニューヨークにて

(一)ブロンクス屋敷  ニューヨークのブロンクス地区。  とある墓地の中でおごそかに執り行われている葬儀に立ち並んでいる喪服姿の梓と 絵利香。羽田に待機していた真条寺専用機には喪服が用意されていて、ニューヨーク 到着後にそのまま葬儀場へと向かったのである。  それから数時間後。  ブロンクスにある真条寺家本宅前。タクシーから降り立つ梓と絵利香。  城東初雁の制服から喪服へ、そして今は外出着を着ている。着替えは専用機の中に 用意されていたものだ。 『うーん、ひさしぶりだわ』  呼び鈴を鳴らす梓。スピーカーから英語で尋ねて来る。 『どちら様でございますか』  すかさず梓も英語で応える。 『梓です。アズサ・シンジョウジ』 『え? 梓お嬢さまですか』 『YES』 『し、しばらくお待ちください』  正門の監視カメラが動いている。梓達の姿を確認しているようだ。 『この屋敷内では、公用語は英語だからね。たとえ身内でも日本語使っちゃだめな の』 『知ってるわよ。だいたい、英語で育ったわたし達じゃない。その方が気楽でいい わ』  だが、十数分たっても、応答がなかった。 『長いね』 『いつまで待たせるのかしら』 『もういいわ。お母さんに直接連絡取るから』  梓はバックから携帯電話を取り出して連絡を入れた。  屋敷内執務室。  L字型に並べられた机に座り、渚と世話役の深川恵美子がそれぞれの書類に目を通 している。  その机の上の電話が同時に鳴りだす。この電話が鳴るのは、日本の別宅執務室及び ホワイトハウスからのホットラインと、梓の持つ携帯電話からのダイレクトコールし かない。通常では屋敷内の電話交換センターから取り次がれるのが普通である。  恵美子が電話の液晶画面に梓の名前が表示されているのを確認して伝える。 『お嬢さまからのダイレクトコールです』 『わかりました』  電話のオンフックボタンを押して話しだす渚。 『梓ちゃん、どうしたの?』 『お母さん。今、屋敷の前にいるんだけど、確認作業に手間取っているらしくて、入 れてもらえないの。何とかして』 『ちょっと待ってね』  渚が机の上のコンソールを操作すると、背後にパネルスクリーンが降りてきて、門 の前で立ち尽くす二人の映像が映しだされる。  恵美子が梓の姿を確認して、自分の机の上の電話を掛けはじめる。 『今、門を開けさせるわ。玄関まで遠いから送迎車を出させるので、もう少しそこで 待っててくれるかしら』 『わかった、速くしてね』  そう言って、梓からの電話が切れた。  電話交換センターを経由して電話が警備室に繋がる。 『あ、警備室ね。恵美子です。あなた達、梓お嬢さまをいつまで門の前にお待たせす るつもりなの。言い訳は聞きたくないわ。今すぐ門を開けなさい。それと送迎車を出 してちょうだい。大至急よ。それから責任者は、私のところに来なさい』  続けざまにそれだけ言うと、恵美子は少し乱暴気味に受話器を置いた。 『ちょっと、梓を迎えにいってくるわ。後をお願い』 『かしこまりました』  車寄せに二人を乗せた送迎車が入って来る。執事が後部座席を開け、梓がゆっくり 降りてくる。  ずらりと並んだメイド達が一斉に声をあげ、深々と頭を下げる。 『お帰りなさいませ、梓お嬢さま』  メイド達のほとんどが迎えに出ているようだった。  渚が手を広げて梓を迎え入れる。 『お帰り、梓』 『ただいま、お母さん』  母親の胸の中に飛び込み、その頬にキスする梓。 『ごめんね。門の前で待たせてしまって。警備室に保存されていた梓ちゃんの写真が 三年前のままでね。容貌がすっかり変わってしまっていたから、判らなかったらしい の』 『そうか……』 『しばらく見ないうちに、また奇麗になったわね』 『お母さんの娘だからね』  お互いの温もりを確かめ合うようなスキンシップが続いている。アメリカと日本と に別れて暮らす母娘にとって、娘の成長ぶりと母のやさしさを確認しあう儀式である。 そんな微笑ましい母娘の様子をそばで眺めている絵利香。  ……感情を身体全体で包み隠さず表現するアメリカ式もいいものね。でも同じ事を わたしのお母さんにしたら卒倒しちゃうかな。純日本人だものね……  一方、執務室に残っている恵美子。 『母娘というものはいいわねえ。私もお嬢さまを抱きしめたいわ』  母娘の情景が映しだされているディスプレイを眺めながら呟く恵美子。 『それはかなわない夢です。お嬢さまの肌に触れていいのは、渚さまと世話役のわた しだけです』  振り向くと麗香が戸口に立っていた。 『麗香! どこから入ってきたのよ』 『医療センターの方の通用ゲートを通ってきました。IC認証カードさえあれば簡単 に通れますからね。それに表玄関にまわると遠回りになりましたので』 『どうしてお嬢さまのおそばにいないのよ。おかげで表玄関でちょっとしたトラブル が発生したのよ。あなたがいれば』 『仕方がありませんよ。ヴェラザノ神父とは面識がないし、クリスチャンでもありま せんから、梓さまと一緒に葬儀に参列できません。その間コロンビア大学で調べもの してました』  といいながらディスプレイに視線を移す麗香。 『ところで、この映像ですが、玄関先にはこの角度のカメラはありませんよね。それ にかなり上空から捕らえているようですし、人工衛星からの映像ですか?』 『さすが、するどいわね。これは極秘事項なんだけど……まあ。あなたなら何も問題 はないでしょ。お嬢さまが十六歳になれば、渚さまから正式な話しがあると思うわ』 『お嬢さまが家督を継がれればですね。渚さまも先代の恵さまも十六歳で家督を継が れましたからね。そうか、この映像はお嬢さまを』