思いはるかな甲子園
■ 決勝戦 ■  夏の全国高等学校野球選手権大会の県予選がはじまった。  栄進高校は、一年生ピッチャーの白鳥順平を、守備でカバーしあって、記録係り兼 コーチとしてダッグアウトに入っている、司令塔の梓の作戦に従って勝ち進んでいた。  そしてとうとう決勝戦に駒を進めたのである。その対戦相手校は城東学園となった。  二年連続の決勝進出ということで、学校やOB会、地元商店街後援会が大々的な応 援団を組織して、決勝大会野球場へ乗り込んできていた。  県の決勝大会にはTV中継が入っており、各所にTVカメラがグランドや両校のベ ンチの様子を捉えている。アナウンス室にはアナウンサーと解説者が陣取って、実況 中継をしていた。 『さて、全国高等学校野球選手権県大会も大詰め、とうとう決勝戦に駒を進めました。 対するはくしくも去年と同じカードとなりました、城東学園高校と栄進高校です』 『プロのスカウトも注目の、超高校級スラッガー沢渡健児君のいる城東学園に、一年 生ピッチャーを盛りたてて勝ちあがってきた栄進高校が、どんな戦いを挑んでくるか が見物ですね』 『両校の応援席には溢れんばかりの人々が陣取り、甲子園に期待を膨らませています』  栄進高校のダッグアウト。山中主将が、うろうろして落ち着かない様子。 「遅い!」  イライラしている山中主将。 「順平の奴、どうしたんだ。もうじき試合が始まっちまうぞ」  学校から球場へバスで来ていた部員達。  そのバスの発車時刻になっても木下順平が来なかったのである。  電話連絡しても繋がらず、自宅では出た後だという。  仕方なく順平には、タクシーで来るようにと連絡要員に言付けて、見切り発車した。  いつまで経っても来ないまま、ついに試合開始直前となったのである。  その時、部員の一人が息せき切って入ってくる。 「大変です。順平のやつが!」 『ちょっと、お待ち下さい。あ、大変です。栄進高校のピッチャー白鳥君、球場に来 る途中で負傷したとの知らせが入ってまいりました。自転車で学校へ向かっていた所、 子供が路地から飛び出し、それを避けようとした際に転倒して、腕にひびが入ったそ うです』 『これは先の夏の長居浩二君の時の再来になってしまいましたね。実に不運としか言 い用がありませんねえ。白鳥君、軽傷で済めばいいのですが』 『さてエース白鳥君不在の栄進高校、誰をマウンドに送るのでしょうか』 『えーと。部員数が不足していて、ベンチ入り十二名でこの試合に臨んでいる栄進高 校です。控えの投手はいないようですが……』  病院で治療を終えた順平がダッグアウトに入ってきた。  肩から下げた三角布に、ぐるりと包帯を巻いた右腕が痛々しい。 「すみません、キャプテン。みなさん」  うなだれて言葉も弱々しい。 「事故はどうしようもないさ。まあ、ベンチで応援していてくれ」  事故の報告を受けていた山中主将が、順平の肩を叩きながら諭すように言う。 「それにしても……」  ダッグアウトから応援席に視線を移す山中主将。  栄進高校の甲子園出場を夢見て集まった大勢の人々。  このまま試合放棄となれば、黙っていないだろう。去年の試合後にだって、散々陰 口を叩かれたのだ。  なにより順平のことが心配だ。二度と立ち直れないほどの精神的ショックを被るこ とになる。来年、再来年のエースピッチャーとなる素質を失うわけにはいかなかった。 「梓ちゃん。君が投げてくれ」 「え? ボクが」 「一応、梓ちゃんを選手として登録してあるんだ。部員が少ないからね。髪をまとめ て帽子を深く被れば女の子とばれないかも知れない」 「しかし、ルール違反ですよ」 「そんなことは、わかっているよ」 「じゃあ……」 「栄進高校がここまでやってこられたのは梓ちゃんのおかげだ。これには誰も異議を となえるものはいないだろう。 「そうですよ。他の部員が投げてもコールド負けが目にみえていますよ。相手は城東 ですからね」  山中主将に答えるように武藤が賛同する。 「梓ちゃん。投げなよ、どんなになってもみんな恨みはしないよ」 「そうそう。女の子とばれちゃったりして没収試合になってもね」  みんなが異口同音に誘う。 「梓さん。僕からもお願いします。このままでは、去年死んだ長居先輩も浮かばれな いと思うんです」  最後に口を開いた順平。 「長居……」  その言葉が梓の心を動かした。 「わかった。みんながそこまでいうなら、ボク投げるよ」 「よっしゃー! 武藤、先発メンバーの変更を届けてこい」 「あいよ」  髪を掻き上げてまとめヘアピンで固定する。そして帽子を深く被って、はみ出した 髪の毛をその中に押し込む。 「うん。まあまあ、いけるんじゃないか」  準備が整った梓の姿を山中主将が誉める。 「しかし、城東の連中がどう出ますかね。梓ちゃんとは一度対戦してますから、すぐ にわかっちゃいますよ」 「そこは、彼らの野球道精神にかけるさ。梓ちゃんには破れているから、雪辱戦を挑 んでくることを期待しよう」 「野球道精神ねえ……」
     
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