思いはるかな甲子園
■ 試合開始 ■  栄進高校と城東学園高校の野球部員の面々が内野に二列に並んでいる。  当然のことであるが、城東部員の視線は梓に集中している。  この日のために特別誂えしたユニフォーム姿が眩しい。  長い髪をポニーテールにまとめて、飛ばないようにゴム紐の付いた特製野球帽を軽く 被っている。  練習試合だから帽子を被らなくても良いかもしれないが、一応マナーとしてのルール は守るべきである。  そもそも女子が参加していることからして重大なルール違反なのだが……。 「城東高校の先攻ではじめます」 「よろしくおねがいします!」  帽子を脱ぎ挨拶をかわす一同。  一斉に守備に散る栄進高校の面々。  マウンドに昇る梓。  正捕手の山中主将に向かって投球練習を始める。  城東側のベンチ。 「しかし、本気で女子がまともに投げられるのですかね」 「なめられたものですねえ、城東も」  じっと梓の投球フォームを凝視している沢渡。 「そうでもないぞ。あの女子生徒……素質がありそうだ。なかなか良いフォームをし ている。少なくともフォアボールの続出というのはなさそうだ。あなどってはいけな い」 「おまえのかいかぶりじゃないのか」  それには答えずに梓の投球に釘付けの沢渡。 「しかし、下手投げってのはやはり女の子ですね」  別の部員が、ほくそえむように言った。 「上からだと胸が邪魔で投げられないんだぜ」 「馬鹿野郎。そんな大きな胸してるか?」 「まさか、下手からの大リーグボール3号なんて魔球を投げるんかな」 「そりゃ、漫画だぜ」 「あははは」  腹を抱えて笑い出す城東のナイン達。  その冷笑を耳にしながらも、冷静に投球練習を続ける梓。 「あいつら! 梓ちゃんの悪口を言ってやがる。ちょっと文句を言ってくる」  郷田が飛びだそうとするのを、山中主将が制止する。 「よせ! そんなことすれば、よけいに梓ちゃんを傷つけることになるのがわからん のか」 「しかし……」 「いいか、やつらが梓ちゃんのことを何と言おうとも、梓ちゃん自身が動かない限り、 俺達は黙って見ているしかないのだ」 「やつらに言わせるだけ言わせていいのですか」 「そうだ。梓ちゃんを笑い物にさせたくなかったら、俺達がしっかりバックアップし て勝ってみせることだ。それしかないんだ、いいな」 「わ、わかりました」 「キャプテン、是が非でも勝ちましょう。そして笑ったあいつらを見下してやりまし ょうよ」  木田が意気込んで進言する。 「その意気だ。みんなしっかり頼む」 「おお!」 「始めてください!」  主審の一声で、キャッチボールしていた内外野からボールが返球される。  それぞれの定位置で守備体制に入る栄進の部員達。  ゆっくりと城東の一番打者がバッターボックスに入って、 「プレイ!」  試合開始の声がかかる。  身構える栄進高校守備陣の面々。 「さて、見せてもらいましょうか」  先頭打者である金井主将が打席に入った。  ゆっくりとした動作で投球動作に入る梓。  地を擦るような下手投げから繰り出されるボール。  ボールは地を走るような低い高度から、円弧を描くように捕手の山中主将のミッ トに吸い込まれる。 「ストライク!」  大きく手を上げてストライクコールをする審判。 「いきなりど真中かよ」  二球目、ぼてぼてのファーストゴロとなるが、運悪く内野安打となってしまう。 「うまい具合に球が死んでいたからな……」  一塁に生きた金井はラッキーだと思っていた。  二番打者の佐々木一塁手。  梓が右腕を後ろに廻して、指でブロックサインを送っている。 「五四三のダブルプレーか……」  内野手がそれを見て梓の意図を察知した。 「俺のところへのサードゴロだな」  サードの安西が身構える。  梓が相手の打ち頃のコースへ投げ入れてやると、打球は予想通りのサードゴロとな って、安西のグラブへ入り、見事五四三のダブルプレーとなった。  一塁上でくやしがる佐々木。  回は進み、城東打線は打ちあぐんでいた。何とか塁には出るが、三塁には到達でき ないでいた。ダブルプレーもすでに七個。 「なるほど、そういうことか」 「どうした? 沢渡」  一同の視線が沢渡に集中する。 「彼女は、俺達の好きなコースや癖を知り尽くしているみたいですよ」 「そうだな。そう言われればみんな初球か二球目に手を出している。打ちやすいから つい手を出している」 「それが彼女の付け目なんですよ。打った球は彼女の狙い通りのコースに飛んでくれ るというわけです」 「なるほど、よし!」  金井主将がタイムをかけて、バッターを呼び寄せて耳打ちしている。 「わかりました。やってみます」  バットを握り締めて再びバッターボックスに戻る打者。 「六番、ショートの浅野君か……内角低めが得意だったわね。サードゴロか」  沢渡が気づいた通り、梓は城東のメンバーの癖を知り尽くしていた。一年前の浩二 が調べ上げた記憶の断片と、梓自身が春の選抜試合の選考基準となる県・地区大会を 観戦して得たデータ、及びインターネット等からの情報からである。  サードにサインを送って、投球モーションに入る梓。  その瞬間だった。  打者の浅野は、右足を後ろに退いて身構えたのだ。 「え?」  驚く梓。  狙い通りの内角低め、浅野の癖からサードへ転がるはずだった。しかし、右足を退 いた為に、打線方向が右にずれて打球は、梓の足元を抜けてセンターへのヒットとな ったのである。  そして続く打者も、梓の思惑を交わして、打ち方を変えてきたのである。  連打を浴びる梓。  ワンアウト、満塁のピンチであった。
     
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