思いはるかな甲子園
■ お邪魔虫なお客 ■ J.シュトラウス二世「喜歌劇・こうもり」序曲  軽やかな曲の流れる店内。  かいがいしく客の接待を続ける梓と絵利香。  今日はファミレスのバイトの日である。  ファミレスの表で、窓から中を覗いている栄進の野球部の面々がいる。  武藤、城之内、木田、郷田の四人である。 「おい、本当にここで梓ちゃんと絵利香ちゃんが、アルバイトしているのか?」  武藤が郷田に確認している。 「間違いないですよ」  女子生徒に関しては、独自の情報網すら持っているという郷田ならではのこと、梓 達のことはすでにお見通しである。  特に可愛いユニフォームで有名なこの店は、軟派野郎の重要チェックポイントなの で、ウェイトレスが新しく入ったなどというニュースは、逸早く情報網を通じて多く の男共の知れ渡るところとなる。 「いらっしゃいませ!」  武藤達が入ってくるなり、一斉にウェイトレスが挨拶する。 「今、梓ちゃんと絵利香ちゃんの声が聞こえたが……」  きょろきょろと店内を物色するように入ってくる武藤達。 「いたあ!」  三園先輩がそばで見守るなか、一所懸命にキャッシャーを務めている梓。  キャッシャーの操作に夢中で、武藤たちのことには気づいていない。武藤たちが耳 にした声も、他のウェイトレスが掛けた挨拶に同調して出したものである。  釣り銭を間違えないように慎重に、声ははっきりと明瞭にだして、かつ笑顔は絶や さずに、応対は素早くしてお客さまを待たせない。 「梓ちゃんは、レジ係りか」  正確にはレジ(レジスター)ではない。携帯端末によるオーダー時点で、すでに注 文商品から清算金額まで、ホストコンピュータ側で処理されているので、端末から打 ち出されたオーダー伝票のバーコードを、読み取り機にかざすだけで清算金額及び参 考釣り銭がディスプレイに表示される。システムダウンした時のために一応レジスタ ー機能は持っているが、通常は釣り銭ボックスの開閉釦ぐらいしか使用しない。だか らレジとは言わずにキャッシャーと呼び慣わされている。 「絵利香ちゃんもいますよ。ほらあそこ」  フロアの片隅で、大川先輩のレクチャーを受けながら、オーダー用の携帯端末の操 作の確認をしている絵利香。この端末、液晶タッチパネル方式で、一台が二十万円す るというから、落としては大変とついつい慎重にならざるを得ない。  もっともこの店では、顧客自らがスマートフォンを利用して直接注文が出せるよう になっている。  メニューに印字されているQRコードをバーコードリーダーで読み取ると、店舗の 注文システムに直接アクセスできる。 QRコードは1994年にデンソーが開発し商標登録している。 当初は自動車部品工場や配送センターなどでの使用を念頭に開発されたが、 現在ではスマートフォンの普及などにより日本に限らず世界的に普及している。 農畜産物では生産者情報にアクセスでき、品質保証を謳うスーパーが増えている。
 注文メニューには、 【注文する】【注文履歴を見る】【店員を呼ぶ】  などが並んでおり、クリック一つで注文や何を注文したかを確認できる。 「絵利香ちゃん、こっちに来ないかなあ」 「どうですかね。テーブルごとに担当が分かれていると思いますから」 「へたに声を掛けない方がいいですよ。何せ仕事中ですからね。それに入店したばか りで、右も左も判らない状態で緊張の連続のはずです」 「そうそう。黙って遠くから見守ってあげなきゃ」 「それにしても、似合ってますね。二人のユニフォーム姿」 「ああ、ふりふりのミニドレスだけに、可愛い二人にはぴったりだよ」 「女の子って、制服のデザインの善し悪しで、アルバイトとか学校を選ぶ風潮がある といいいますけど、二人の好みに合ったのでしょうかね」 「少なくとも、俺達の目には合っているのは確かだ」  結局、絵利香は来なかった。  別のウェイトレスがオーダーを取りにきた。とはいっても、その彼女だって梓や絵 利香ほどではないが、結構可愛かったりする。  この店のウェイトレスの選考基準は、ユニフォームが似合う可愛い女の子というポ リシーがあるようだった。
     
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