思いはるかな甲子園
■ 女子高生・梓 ■  やがて春となり、梓は高校に進学した。  真新しい栄進高校の女子制服に身を包み、その校門をくぐる梓。  かつて浩二が通った高校に舞い戻ってきたのである。 「なつかしいな……」  まだ浩二の記憶が残っていた。  散策してみようかと思ったが、 「梓ちゃん、入学式のある講堂はこっちよ」  と付き添ってきた母親が促す。 (子供じゃないんだから、付き添ってこなくてもいいのにな……)  しかし母親にとってはいつまで経っても子供は子供なのだそうだ。入学式を終えて、 家に帰りつくまでは離れてくれそうもない。慣れない道で迷子になりはしないかと心 配なのだ。  母親が一緒にいては自由に散策できない。 (ま、後日にでもゆっくりと散策しよう……)  それから数日後の放課後。  栄進高校野球部のある河川敷のグラウンド。  眺めのよい土手にセーラー服姿の梓と、仲良くなった篠崎絵利香が腰を降ろして、 野球部の練習を眺めている。一緒に帰る途中に梓が、絵利香を誘って立ち寄ったので ある。  鞄からメモ帳を取り出して何やら書き込んでいる梓。 「ねえ、何書いてるの?」  とメモを覗きながら質問する絵利香。 「うん。部員達の行動パターンとか癖とか調べているんだ」 「そんなもの調べてどうするの?」 「野球部に入ったら必要になるから」 「ええ? 野球部に入るつもりなの?」 「まあね……」 「梓ちゃんに野球部は似合わないと思うけどな。女のわたしが見ても可愛いんだから、 どちらかというとテニス部の方がいいよ」 「テニス部ねえ……一緒にテニスやりたいから言ってるでしょ」 「あたり!」  絵利香はテニス部に入っていた。おりにふれてテニス部へ勧誘するのであった。 「でもさあ。あたしって、そんなに可愛いのかなあ」 「クラスの男子生徒達の視線に気づいていないの?」 「男子生徒?」 「みんなため息つきながら、梓ちゃんの事見つめているわよ」 「ふうん。そうなんだ……でも、絵利香ちゃんも可愛いよ」 「ありがとう」 「気づいていますか」 「ああ、土手の女の子だろう」  グランドのホームベース近く、練習の打ち合わせをしていた主将の山中勝美と、副 主将の武藤聡が、梓の方を見つめて話し合っている。 「このところ毎日のように来ていますね。他校のスパイかな」 「馬鹿、あのセーラー服はうちの学校のもんだよ」 「でも、ずっとこっちを見ていますねえ。リボンの色からすると、一年生みたいです ね」 「しかし……なにはともわれ、かわいい女の子じゃないか」 「そりゃそうですが……あ、郷田のやろうが女の子に近付いてます」 「なに!」  梓達に声を掛ける郷田。 「君達、ずっと見にきているね。野球が好きなのかい?」 「うん」 「栄進の女子生徒だよね」 「そうだよ」 「一年生のようだけど、名前はなんというの?」 「うん?」 「あ、ごめん。言いたくなかったらいいよ。僕は郷田健児。センターを守っているん だ」 「こらー! 郷田。さぼるな」  ホームペース付近にいた山中主将が、メガホン片手に叫んでいる。 「あらあら、やかましのキャプテンがわめいてるから、行かなきゃ」 「がんばってね」 「また来てくれるかい?」 「たぶんね」 「ありがとう」
     
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